2009年1月13日 (火曜日)
2009年1月 8日 (木曜日)
2009年1月 7日 (水曜日)
2008年4月28日 (月曜日)
母乳派ママの赤ちゃん湿疹?食物アレルギー?アトピー性皮膚炎?対策「助産師さんは食事制限派が多いのかも」
こちゃんが生まれて三ヶ月半が経過しました。
この頃のこちゃんは、肩から腕そして耳たぶがきれて、耳たぶの下はじゅくじゅくしていました。顔も全体的にうっすらと湿疹が出ていましたし、場所によっては凸凹していました。
因みにパパkokokoは、生卵アレルギー。パパのお姉ちゃんは、蕎麦アレルギー。どちらも大人になっても治っていません。といっても、正直治す方法なんてあることすら知りませんでした。
さて、出産先の助産師さんから食べ物を記録するといいですよと助言してもらい、ママyuyuyuは記録を始めました。理由は、普段の食事がこちゃんのアレルギー体質?を刺激しているのではと助産師さんがお考えになったからです。
で、今日、教えてもらった福井おっぱい教室の門を叩きました。食事制限だけでアレルギーを治すのであれば、ここに相談するといいと教えてもらったからです。最後まで面倒を見てくださる!と言われて行くことにしました。
今日から、この食事制限でアレルギーを治してみようと!ママyuyuyuは思いました。この日から毎日の食事を記録していきました。
今思うと、助産師さんは、湿疹を見てアレルギーやアトピー性皮膚炎を前提に、食事制限を勧める方が多かったです。
そのため、ママyuyuyuも食事制限をしながらの母乳育児につとめました。
福井おっぱい教室では、とても細かく指導して下さいました。何と、お弁当持参でいきました。そのお弁当の中身をみて、普段の食事の問題点を見るとの事でした。
2008年4月17日 (木曜日)
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2008年4月 7日 (月曜日)
男の育児 新米パパkokokoの子育て「ママは大変⑨頭が見えた」
さてさて、そんなこんなで時間が過ぎました。
しばらくして、助産師さんが何やら医局に電話をして、産婦人科の先生に℡を入れました。先生は、眠たそうな顔をして、分娩室に初めて登場です。
その登場の仕方といえば、ほんと、無愛想でしたねえ。お産中も頑張れ~というより、淡々と仕事をこなすという感じでしたね。
冷静に見ていると、やはり助産師さんの声掛けの方がとても気配りされている気がしました。
「頭が見えてきそうだ!」
という助産師の言葉に、お医者様は
「えー、初めてのお産ですから、こういう処置をしますが、いいですか?」
と母yuyuyuに聞いているではありませんか。どう考えても、お医者様に任せるしかなく、何か、変な声掛けだなあと、立ち会っていてつくづく思いました。何か、いい聞き方はないものなの、先生!と思ったのは間違いなのかなあ。
そんなことはどうでもよく、頑張る母yuyuyu。
しばらくすると、頭が見えてきました。ほーんと、頭が小さく、にゅるりと出てくるではありませんか!
頑張れー。もう少しー。それー!
と、声を上げるやいなや、するりと赤ちゃんが出てきました。
いやはや、感動!
と、同時に、すぐには立ち位置から見えず、赤ちゃんの鳴き声だけをじっと待っていました。
しばらくして、飲み込んだ羊水を吸引した瞬間に
「フンキャー、フンキャー」
と泣きました。
いやはや、ほーんとちっちゃくて、ちっちゃくて、びっくりしましたね。
切られたばかりのへそのをが、ちょんとお腹についたまま、母yuyuyuのお腹に乗せられました。
分娩室に入って2時間。夜中に陣痛が始まって約22時間。赤ちゃんが誕生したのでした。
2008年4月 6日 (日曜日)
男の育児 新米パパkokokoの子育て「ママは大変⑧分娩室」
何やらほんわかした雰囲気のこの病院。分娩室でも、ありありとその雰囲気を感じました。
しかーし、母yuyuyuはひたすら、短時間おきにやってくる陣痛に向き合っていました。分娩台は手術台と同じく幅がせまく、陣痛で体をくねらせると落ちてしまいそうな広さでした。
看護士さんと助産師さんが二人揃って、いよいよかなと思ったその瞬間、カランコロンと分娩台の握り棒が床に落ちてしまいました。
えーーーー。大丈夫かい~。
と声をあげそうになりましたが、母yuyuyuを見ていると、それどころではありません。と同時に、
「ご主人さん!私も、看護士も触ることができないので、取り付けてくれますか!」
とのことでした。
「???????」
(俺が取り付けちゃっていいの?)と思いながらも、
「は、は、はいっ!」
と言って、分娩台に取り付けました。今思っても、あれ~大丈夫?と思うのです。
それから、母yuyuyuはまたいきみ始めたのです!
頑張れー!!
2008年4月 5日 (土曜日)
男の育児 新米パパkokokoの子育て「ママは大変⑦分娩室」
陣痛室から分娩室に異動したママyuyuyu、私と一緒に移動したのです。
この市民病院は看護士さん一人の助産師さん一人で対応してくれました。
ですが、総合病院だったのか、ナースコールが何度か鳴り、そのたびに二人とも分娩室にいないということが二時間の間に数回ありました。
「あれ?大丈夫なんだろうか、この病院?」
なんて思っていたのですが、まあ、私達の場合は大丈夫でした。人によっては、不安になる方もおられると思います。ただ、こういう情報は、実際に経験された方からの病院の情報がなければ分かりません。
間違いない情報としては、この病院、何と、育児室に赤ちゃんが一人もいないことがよくありました。今思うと、、、。
まあ、そんなこんなで、分娩室で立ち会い始めました。
陣痛を乗り越えようとしているyuyuyuママを見ながら、夫kokokoはひたすら声を掛けるばかり。できることは、手を握っているだけ、、。それも束の間、母yuyuyuは分娩台の握り棒を力一杯握るのでした。というわけで、横でつったっている私でした。
おかしかったのは、私が私服のまま分娩台横に立っていたこと。そう、看護士さんも助産師さんも全然気付いていなかったのです。
「いけない、エプロンをつけて!」
と言われてから、ほいほいと身にまとう私でありました。
いやいや、ほんと、今だから言えること。




















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